作品一覧
山岡 孝平の作品一覧
◉山岡孝平君プロフィール◉ 山岡孝平は1933年ダウン症を持ち北海道札幌市に生まれ、神戸に育った小学一年生より和太鼓をはじめ18歳の頃より福祉施設やイベントでの公演活動を始める。22歳、吟遊打人塩原良氏に出会い指導を受けて自由な演奏スタイルと笑顔をストレングスにして今に至る。そういった姿勢を支援する方々、取り上げるメディアも増え、2022年には大本山須磨寺にて初単独公演を果たした。そして和太鼓の師匠である塩原良氏と【和太鼓ユニットほのぼーの】を立ち上げる。【ほのぼの】は山岡孝平の通う就労B型作業所の名称である、創作支援を主に取り組む事業所で彼は美術の手ほどきを受け、現在は和太鼓とイラストによる自己表現活動を生業とするアーティストに成長している。まだまだ自立生活をするに至らないが、将来の夢から今は現実的な目標として芸術を生活 の主として考えている。
塩原 廉作品一覧
~ぼくのシグナル~
◉塩原廉(REN SHIOBARA)の生い立ち◉
1996年4月14日、長野県伊那市出身。伊那市の歌舞劇団「田楽座」(当時)演技者、塩原良と同演技者、塩原弘子との間に長男として、駒ケ根市昭和伊南病院にて生まれる。出生後にダウン症と診断。8歳年上の姉、塩原つづみの弟。一座の共同生活の中で、座員に愛情を注がれて育てられ、小学校4年生までは通常の地域の学校に通学。小学校5年生から伊那養護学校へ編入。小学校時代は美術の先生に可愛がられ、率先して絵を描く習慣ができる。中学部のころから、ヒーローものや信号機を好んで描くようになる。2010年10月長野県上伊那郡辰野町の辰野美術館で開催された【創造の王国解き放たれた表現展】にて信号機のイラストが伊那養護学校から選抜されて展示される。その後伊那養護学校を卒業後も、信号機のイラストを描き続け、父がそのイラストを取り上げては、各地域での公演会場や、飯田市の各施設のギャラリーなどで展示を重ねる。2020年、世界を席巻した新型コロナウィルスの発生により、感染を危惧した施設側からの強い要望があり、塩原廉と父母は約3年間、面接が叶わず、2021年には、本人がイラストを描くのを休止。その後、2023年になって、ようやく面会が叶い、父が渡したiPadに向かって、新しくイラストを描き続けて現在に至る。
















